終わりの始まりとチャンス
トランプ・マスク独裁政権の勢いが止まりません。就任前には、いくらトランプでもわずか4年で大したことができるはずはないなどという楽観的なことを言う人もいましたが、実際にはあっという間にアメリカを破壊しかねない勢いで突き進んでいますし、プーチンや習近平に習って大統領は2期8年までというルールを変えることも十分にあり得ます。仮に4年後もう少し正常化するとしても、この影響は長く残るでしょう。アメリカが中国やロシアのようになる「終わりの始まり」と考えてよいと思います。
さて、アメリカが転落するというのは他国にとってはチャンスです。例えばこれまで世界トップレベルとされてきたアメリカの大学も、科学研究費の凍結でしばらくまともな研究ができないでしょう。日進月歩の科学界で4年間のブランクは大きいですから、4年後からまた頑張っても追いつくのは至難の業と思います。
日本の大学は、この機に乗じてこれまでの遅れを挽回すべきです。といっても日本人学生は今後減る一方ですから、本来ならアメリカの大学に行っていたはずの優秀な留学生をどんどん取り込みましょう。日本の大学が留学生でいっぱいになるのはどうも・・・などと馬鹿なことを言っている場合ではありません。そもそも、アメリカの大学がこんんなに発展してきたのは留学生の力によるところが大きいのです。
留学生のために税金が使われるのが嫌であれば、アメリカの州立大学のように、国民かそうでないかによって学費を変えればよろしい。今の日本の学費であれば、多少上げてもまだまだアメリカより断然安いです。あるいは日本人のみ応募できる奨学金を増やしてもよいし、とにかく払える人には払ってもらう体制にすれば、日本人学生への影響は最小限にできます。
ただし大学だけ変えてもだめです。外国人が日本で就職し、働き続けてもらえる環境を企業に整備する必要もあります。アメリカ企業発の技術革新が移民によって支えられているのは周知の事実。同じことを日本で実現するには、「上司が帰るまで帰れない」みたいな日本独自の価値観に基づく就業環境を変えていかなければなりません。
「留学生・移民は嫌」から「面倒な仕事は外国人にやってもらい、日本人は楽をしよう」への発想の転換、何とかできないものでしょうか。
大学授業料の話
東大が年間授業料を10万円以上値上げするということで騒ぎになっていますが、私としては「やっと?」という感じです。
値上げしても年間約64万円という授業料は、アメリカで言えばコミュニティカレッジ(公立の短大)並みで、4年制私大の10分の1、州立大と比べても3分の1~4分の1という水準です。アメリカの大学の方が質が高いという話も聞きますが、それはごく一部の超エリート校と比べるからで、アメリカにもごまんとあるしょうもない私大(学費はあまり変わらない)に比べれば東大の方がよほど良い教育をしています。
それに、大学の質と学費は鶏と卵の関係にあるとも言えます。つまり、アメリカ並みの学費を取らないから質が上がらないとも考えられるわけです。運営費交付金の減額とともに論文数も減ってきていることから見て、あながち的外れとも言えないでしょう。
私の意見としては64万円でもまだまだ手緩く、少なくともアメリカの安い州立大並みの200万円程度まで上げてよいと思います。その代わり家庭の収入に応じて出る奨学金を充実させます。アメリカでは学費を全額を払っている学生は実は少なく、ほとんどが何かしらの奨学金をもらっています。こうして実際に払う学費にメリハリをつけることで、社会の流動化を促すわけです。
これが無理なら、別の手段としてヨーロッパモデル、つまり大学の予算はほとんど国が出して学費を取らない、というのもあります。高等教育は将来の国の繁栄をもたらす投資だから全国民で負担しましょう、という考え方です。ただし、税金で学ばせるわけですから、昔のように本当に優秀な学生だけが大学に行くという認識に戻り、大学進学率をぐっと下げるべきでしょう。当然、税金を投入する価値のない大学はすべてつぶすことになりますね。
確定申告の話
河野さんが「確定申告義務化」を主張して総スカンを食らっていますが、私は条件付きで賛成です。日本のサラリーマンは、国に言われた通り税金を払っていることでどれだけ損をしているかを自覚すべきです。
条件というのは、誰でもネットにつながっていればオンライン提出が簡単にできるシステムを提供することです。APIを開放して、民間のソフト会社が提出システムを開発できるようにすればなお良し。完璧を期するあまり無駄に高額で複雑なシステムにしがちな日本政府・SEにはあまり期待できませんが。
アメリカでは確定申告にあたる tax return が義務ですが、いくつかあるオンラインシステムを使えばそれほど難しくはありません。収入が給料だけで、システムに前年の情報が残っていれば、1時間もあればできてしまいます。私が毎年使っているシステムは連邦税の提出は無料、州税が有料(15ドル程度)。有料オプションで監査対応もしてくれるようです。提出翌日には「受理されました」という連絡がきて(週末でも翌日ということは自動チェック?)、還付金は1週間程度で銀行口座に振り込まれます。
Tax return を毎年行う最大のメリットは、知らなかった控除の恩恵を受けることができる、ということです。ソフト開発会社としては還付額を大きくできれば来年も使ってもらえる可能性が高いわけで、「こういう控除がありますよ」という情報を積極的に出してきます(もちろん、脱税にならない範囲で)。日本だと、仮に控除されることを知っていてもそのためにわざわざやらなくていい確定申告をするのは面倒です。しかし、アメリカであればどうせ tax return をするなら控除を受けておこうとなります。
税金を払う方が税務署の業務の心配をしてあげるとは何とも麗しい話ですが、自分で稼いだお金は大事にしましょうよ。
都知事選の話
都知事選は予想通り現職の圧勝という結果になりました。一応地方選挙とはいえ首都の首長が現状維持というのは変化を嫌う日本人らしいといえばらしいですが、明らかに変化が必要なときにも変化できないのでは先が思いやられます。イギリスやフランスで政権交代が起こったのと好対照です。
一筋の光明があるとすれば、下馬評では3位とされていた候補が2位に入ったことでしょう。野党に支持された候補が3位に沈んだことが示すように、日本で政権交代が起こらない理由の一つは野党が情けないことです。既存政党としがらみのない候補が都知事を足掛かりにして国政を変えるところまで行ってほしかったのですが、これから知名度を上げていけば次回はもしかするとあるかもしれません。
ただ以前同様のことを大阪府知事からやろうとした人がいましたが、結局は普通の野党に成り下がってしまい、いまいちうまくいっていません。その二の舞にならないことを願うばかりです。
無駄な教育の話
都知事選候補者の一人が教育への投資を訴えているそうで、選挙権はないのですが期待しています。
今の日本の学校のやり方では無償化などでコストを下げたところで意味はなく、根本的に変えるべきです。ただ国が教育内容をすべて決める日本において、東京都の権限でどこまで改革できるのか気になるところではあります。
ゆとり教育は結局失敗だったということになっていますが、それは先生たちの意識改革ができなかったためで、詰め込み脱却という方向性としては間違っていなかったと思います。中途半端なゆとり教育を受けた子供たちが先生になり、本来の意味でのゆとり教育の成果が出るまで待ってから判断できればよかったのですが、文科省にそこまでの忍耐力がありませんでした。
残念ながら、日本の子供は言語の特性上どうしょうもないハンデを負っているのが現実です。英語圏の子供なら26個のアルファベットを覚え、英語ができるようになれば(スペルはちょっと厄介ですが)、そのまま世界で通用してしまいます。このハンデを乗り越えるには、学校で教えることの無駄を極限まで削ぎ落とさなければなりません。
まず以前も書きましたが日本は暗記に時間を使いすぎです。数学や理科の公式を覚える必要がないのはもちろんですが、漢字もキーボード入力が普通になった現代で止めや払いまで正確に書けるようにする必要があるのでしょうか? 変換候補の中から正しいものを選べればいいのでは? 古典も同様。教養としてはある程度知っておくべきだと思いますが、現代語訳で十分です。
さらに無駄なのは技術家庭、あと運動会や文化祭の練習です。アメリカではどちらかというと職業訓練として技術家庭のような授業を行う学校もありますが、必修ではありません。そんなものは文字通り家庭で習え、ということです。また下手をすると運動会自体ありませんし、あってもぶっつけ本番。文化祭的な行事で合奏や合唱をすることはあっても練習は音楽の授業で完結します。当然日本と比べると相当に下手ですが、親は拍手喝采。たかが学校の行事で完璧な演奏をする必要はないのです。
こういった無駄を削ぎ落し、世界で通用するために必要な内容を盛り込んだ教育をぜひ行ってほしいと思います。
就活の話
最近の就活は3年生の春に始まると聞いて驚きました。ほとんど大学生活の半分です。内定がもらえれば大学の勉強に集中できるはずですが、実際は就職先が決まって安心してしまう学生がほとんどでしょう。
企業としては大学の勉強など役に立たないから就活をさせていた方がまし、といったところでしょうが、根本的な問題は本来セットだったはずの新卒一括採用と終身雇用のうち一方が消えつつあるのにもう一方がしぶとく残っていることです。
そもそも、就活が長期化しているわりにインターンシップがいまだに会社見学に毛の生えた程度のものでしかないのが不思議です。日本の大学の夏休みはアメリカに比べれば短いですが、それでも1年生の夏休みから給料をもらう責任のある仕事をした方がよほどちゃんとした就業体験になるし、大学の勉強にも影響がありません。
また中途採用が一般化してきている以上、大学を卒業したらすぐに一生の仕事につくのが普通という考え方を社会全体でやめるべきです。アメリカでは在学中に「ちゃんとした」インターンシップをするのはもちろん、卒業してしばらく長期インターンをしてから就職したり、インターン後もっと勉強したくなって大学院に行ったりするのも普通です。
受験もそうですが、日本は「これに失敗すると人生が終わる」と若者に無駄なプレッシャーをかけるのが好きなようです。
英語の話(再び)
日本人が英語が苦手な理由としてはいろいろな説がありますが、根本的には必要ないから、ではないでしょうか。たいていの分野の教科書は日本語に翻訳されていますし、日本市場は十分大きいので積極的に海外進出する理由もありません。
ヨーロッパの小国などだとそうはいきません。教科書を翻訳しても売れないので英語で勉強しなければなりませんし、自国の市場も小さすぎます。そうなるとどうしても英語を勉強せざるをえません。
しかし、今後は日本も同じような状況になるのではないでしょうか。人口減で市場は縮小する一方ですし、ITやAI分野は英語でさえ教科書を書いていたのでは間に合わないほど進化が速いです。
必要に迫られれば、学校教育がどうであろうと英語がそれなりにできるようになるはず・・・と思いたいですが、今の状況を見ていると逆に縮小均衡の方に行きそうな気もしてしまいます。